昨日は実家でクリスマス?パーチー。
父は鬼籍にはいって久しく、なぜかクリスマスから年明けまでは、連れ合いを亡くした母の姉妹がうちに集合して年を越すことになっている。
こうしてみると、うちの親戚って滅茶苦茶生命力が強いな(笑
東京下町の一家だから、みんなが集まると、一気に寺内貫太郎一家(知ってる?)のような雰囲気になって、話す内容は毎年同じ子供の頃の話ばかり。
祖父は戦後の一時期、高田馬場の美容院の闇市を仕切ってたらしく、新宿あたりを歩いていてもヤクザや警官が挨拶してくるような人だった(らしい)ので、とんでもない話ばっかりが次々にでてきて、これを最初に聞いた時にうちのオクサマは、ヤクザの家に嫁に来たのかとマジでビビったらしいw
馬場は戸山が原の陸軍施設やシチズンの工場があったんで空襲で狙い撃ちにされて丸焼けになったんだけど、祖父はどっから調達したのか、戦後すぐに建材を集めて二階建ての家を新築。
2階屋根にペンキで自分の名前を大書して
「戦地や疎開先から帰ってきて途方にくれてる奴らは、これを見ればうちを頼って来るだろうよ」と豪語したという。。。。
当時の闇市に出回ってた物資ってのは、米軍の横流し品だけじゃなく、日本軍や旧日本政府が備蓄してた物が結構出回っていた。
祖父は「米軍からはどんどん盗んでもかまわないが、日本軍のものは元はと言えば国民から分捕ったものじゃねぇか。それを旧軍のエライさんが売って儲けるのは許せねぇ」と怒って、近所のヤクザや兵隊帰りやゴロツキを集めてトラックを連ねて、中野の陸軍倉庫を襲撃して米やら缶詰やらをかっぱらってきたとか。。。。
そんな祖父が亡くなって、しばらくして家を建て替えようとしたら、床下から軍刀やライフルや手榴弾が出てきて大騒ぎになったとか。。。。
昔の日活映画かよ(笑
うちの母や叔父叔母は、こんな祖父の子供たちなんで、今年の地震や原発騒ぎを見ても動じません。
「悪いことがあったら、そのあとは良くなるしかないんだから大丈夫」
この一言で結論。
うちらが「国や東電は嘘ばっかりだし、被曝汚染の状況もわからないから関東に住んでるのも心配だよね。でも会社があるしな~」ってグチグチ言ってたら
「おばさん(祖父の妹)は日本は狭くて息苦しいってサイパンに行って商売始めたと思ったら、暑いところはイヤだって満州に行って会社作ってたけど、今の若い奴らは理屈ばっかりで動きもしない。情けないね~」
でお終い。
こざかしいことをグチャグチャ言う小言ジジイじゃなくて、こんなタフで明快な年寄りになりたいもんだ。